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アラビアンコメディ

第一夜

日は既に姿を消して暗闇が空を塗り替え
街の明かりは一つ、また一つと消えていく。
星々は消えていった明かりの代わりに次々とゆらりゆらりと光を放ちだすのだ。
だのにとある宮廷の一室には未だランプの火は燃え続けていた。
炎の形が波紋を描き、影となって床下に降りてくる。

そんな鬱陶しさなどそっちのけで
その部屋の主人は豪華に刺繍されたベッドの上に胡座をかき
猫のように体を屈め頭を抱えていた。
朝は綺麗に巻かれていただろうターバンは、ぐちゃぐちゃにかき乱され
頭の上にただ乗っているだけの布という価値しかなくなっていた。

しかし外見など彼にとってはどうでも良いことなのだ。
なにせ今の彼にはそんな余裕などない。

王としての誇りか


人としての命か




亡父から託された愛すべき国の実権は王の異母弟の手中にあり。
孤立された自分が反抗を試みようとしても奴に好機を与え、自らの首をしめるようなものだろう。
失脚させようと奴の悪事をばら撒いてみても、 所詮は子供のいうこと程度にしか威力を与えない。


左手には義務と輝かしい王位、そして右手には恐怖。
その両手で捏ね合わされた感情が渦を巻いてなかなか体から出ようとはしない。

だがこのまま国にとどまれば命がなくなるのは必至。


「よし決まった。プライドより命が大切だ。」

なんともしっかりした声で、自分の決心を揺ぎ無いものにしようと楔をさす。
すくっと立ち、迷いが吹っ切れた嬉しさで顔は異様に輝いている。
実際のところは、八分ほど結論は出ていたであろうが、今一歩の決心が彼をここまで苦しめたのだ。
その一歩が踏み出せたからには止め具が外れた遊具のように彼の行動は迅速極まりなかった。


アンバールT世、御年六つであった。










「殿下、お寒くはありませんか。」
砂漠のど真ん中、一人の少年に細身の小姓が頼りなさ気に尋ねてくる。
しかしそう言う彼の出で立ちの方が実に貧相だった。
綿の衣一枚と、すぐに破けてしまいそうなやわらかい靴だけだ。

「お寒くなどないわ。 それよりお前のほうが寒そうだぞ、用意はしていないのか。」

彼は行く際に身の丈よりも大きい荷にありったけの食物と衣とをつめこみ。
寒さに対応できるよう厚手の衣を十数枚重ねてきていた。
そのおかげで姿は豚饅頭。

逆に、小姓は惰眠をむさぼっている最中にたたき起こされ。
荷造りをする時間さえ与えられずに着の身着のままここにいるのだ。


「用意する時間を頂戴できませんでしたので。」
身を縮込ませ、小刻みに震えながらもはっきりと答えた。
目を細め、身長の差だけではない何らかの圧力を視線に込める。

「それはそれ。 あそこに長居すれば命はなかったのだ。仕方あるまい。」
何の悪びれもなく率直に、そして傲慢に言い放つ。
それでも荷の中の衣を分け与える寛容さくらいはもっているらしく、仕方がないな と不平をぶつぶつ言いつつも
この従順な召使に暖かい衣を下げ渡してやった。





「東だ。東に行くぞ。」
岩の割れ目でそうのたまうアンバール。
外界とは断ち切られた世界で住んでいたも同然の彼にしては、この砂漠は計り知れない未知の場所でさえある。
夜空に向かって遠吠えをする主人の脇で、暖かい衣に包まりながらたった一人の従者は心地よい眠りを楽しんでいた。



第二夜


挿絵 制作:闇の骨董屋様 「夕焼け


アンバールT世の冒険二日目。
彼らは道に迷っていた。

「おい!この地図と通り歩いているのになかなか人家が見えてこないぞ!一体どういうことなんだ!」
アンバールT世はだいぶ長い時間歩いたようで気が立っている。
「殿下、おそらく道に迷われたのでございましょう・・」
従者は冷静にそう言った。

「それはおかしい!わたしはこの地図の通りに歩いて来たんだ。なぜ道に迷う?」
「そ・・それは・・・・・」
従者は口ごもる。

「・・・・・なぜだかお前にはわからないようだが、わたしの勘ではおそらくこの地図が間違っているのだと思うのだ!」
アンバールT世は自分の持っている地図を指してそういった。
「殿下、わたくしもそう思います・・・しかしこれもアッラーの神のおぼしめしかと。・・・今日は
この辺りでお休みなされては?」
従者はアンバールT世にそう言うと背負っていた荷物を降ろし野宿の準備をし始めた。
「おい!この辺はただでさえ不安定な気候なのにこんなところで野宿とは頭でも狂ったのか!
近くの民家でも探して泊めてもらうよう手配いたせ!」

この辺りは日中はそうでもないが夜中になると−10℃の世界に陥るのだ。
いくら防寒具を持参していても野宿はできない。
さすが六つとはいえ次期頭首。そくざにそのことを判断したのだ。

従者は殿下のいう通り近くの民家で一晩泊めてくれるところを探した。
こんな辺境の土地に似合わず大きな民家があったのでそこでひと夜過ごすことになった。

「ようこそ旅のお方!そんなおもてなしはできませんがゆっくりしていってください。」
少し太った中年おじさんがアンバールT世とその従者を出迎えてくれた。
二人は迎賓館のような部屋へ通された。その部屋はかなり広く、壁の両端には高価であろうと思われる調度品がずらりと並んでいる。
中央のテーブルには美味しそうな食べ物がたくさんもう既に置かれていた。

「ほほほっーい!これは丁重なおもてなし恐縮ですな!」
アンバールT世はたがが一介の旅人に対してこのような豪勢なおもてなしをする民家の主に少し不思議な思いはあったがとくに気にはとめなかった。

「さぁお席の方へ!どうぞ!どんどんお召し上がりください!」
主はアンバールT世たちの前に豪勢な料理の数々を運ばせた。
フォアグラのソテーに合鴨のシチュー、白追い牛のステーキ・・・
某国の王子であるアンバールT世・・・・
彼はグルメ殿下として国中に名を轟かせていたが・・・さすがの彼も今度ばかりは舌を巻いた。

高級レストラン並の料理をすべて平らげたアンバールT世とその従者は寝室へ案内された。
迎賓館はすごかったがこれまた寝室もすごかった。
なにせ一人一部屋、天蓋付きのベットに羽根布団、羽根枕、寝巻きまで用意されていた。

いつもがめつい王子も今度ばかりは申し訳なく思ったようで主に一礼してから床に入った。
しかし王子はなぜか寝付けなかった。なにか気にかかっていたのだ。
とそのとき、従者の声がした。

王子はすぐさま腰の短剣を抜き取ると、従者の寝ていた別室へ駆け込んだ。
「イブ・アーンブーシル!なにかあったのか!」

「あ!殿下!!お逃げください!」
従者に妖怪に襲いかかろうとしていた。

「イブ・アーンブーシル!先に逃げたいのは山々だがお前に100リラ貸していたから逃げるわけはいかぬ!
利子をつけて1000000リラだ!」
王子はそう言うと妖怪の目にめがけて短剣を投げつけた。

妖怪がひるんだ隙に王子は従者を連れ出して民家を飛び出した。

「まったく、元兵士のくせに情けないな。お前、たがが妖怪ごときに軽症とはいえ怪我を負わされるとは。
んまぁ・・・・しかしあの民家が旅人を屋敷内に招き入れては骨肉を食らう妖怪の住みかとは恐れ入ったな。」

「殿下。申し訳ございませぬ。殿下に助けていただいたご恩は一生忘れませぬ
今後もし殿下の身になにかありもうしたときにはわが命をかけて殿下を御守り申しあげます・・・」
従者・・いやイブ・アーンブーシルはそう言って殿下の前にひざまずいた。

「ばかめ!わたしがお前を助けるようなことがあってもお前に助けられるようなことはありあえない
なぜだかわかるか?それはわたしがそんなドジをするわけがないからなのだ!わははははっ」

どこまでも傲慢な殿下でありました。

つづく


第三夜


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